セイコー5(ファイブ)の魅力はなんだろうか? まず1万円前後で購入可能という非常にリーズナブルなプライスが挙げられるだろう。
とりわけ高級機械式時計ブームに沸いている昨今、この価格設定は文字通り「奇跡」である。
安いだけではない。値段のわりにしっかりと製造されているのもポイントだ。
クォーツや電波時計に精度は及ばないものの、実用に耐えるだけの日差をキープしている。
デザインもサイズもオーソドックスなので、セイコーファイブ一本あればビジネスにもカジュアルにも十分に対応可能だろう。
セイコーファイブがきっかけで時計談義に花が咲いた、なんて体験談もよく耳にする。
そんなことからセイコーファイブは、日本でも海外でも「機械式時計入門に最適な一本」として長らく親しまれてきた。
しかしセイコーファイブを日常的に使用してみて、この時計を持つメリットは、実は別のところにあるのではないかと考えを新たにするようになった。
それも新型Cal.4R36ではなく、旧型ムーヴメントのCal.7S26が内蔵された、輸入盤のセイコーファイブだ。
だが結論を急ぐ前に、セイコーファイブの歴史を掘り起こす作業からスタートしよう。
第一章 セイコー5の歴史
セイコーファイブの起源は、1963年に登場したセイコースポーツマチックファイブに遡る。
1967年にセイコーマチックから独立し、若者をターゲットとして生まれ変わったセイコーファイブは、「自動巻き・ダイアフレックス・5気圧防水・耐衝撃(ダイアショック)・デイデイト表示」の5つを備えたスポーツウォッチとして、瞬く間に市場の評価を得た。
ファイブデラックス、ファイブスポーツ、ファイブスポーツスピードタイマー、ファイブアクタス、ファイブスペリオール……と年を追うごとに派生していったそのモデルの多さが、当時の人気を例証している。
そんなセイコーファイブも、主力商品がクォーツに移行した1970年代中ごろ以降は、徐々に国内市場から姿を消していった。
だが、主にクォーツが普及していない南米、中東、東南アジア諸国では依然としてセイコーファイブの需要が高く、またこれらの海外向けセイコーファイブが日本の時計店や家電量販店などに「逆輸入」されるといった具合に、依然としてマニアの間では根強い人気を保っていた。
セイコー本社もただ黙ってそれを見過ごしていたわけではない。
2019年、ついにセイコーはセイコーファイブを新たに「セイコーファイブスポーツ」として刷新し、国内および海外市場での販売をリスタートしたのだ。
デザインもモダンにアップデートされ、手巻き機能(後述)もストップセコンド機能も標準装備され、外装のクオリティも向上した新生セイコーファイブスポーツは、またしても瞬く間に日本、そして世界中のファンの喝采をさらった。
しかしリローンチから3年経った今でもなお、「従来の輸入盤ファイブの方がいいよね」という声が少なからず聞こえてくる。
輸入盤セイコーファイブの魅力はどんなところにあるのだろうか。ここからは実機を手に取りながら、ひとつひとつ確認していこう。
第二章 オーソドックスでお値段以上のコスパ
本記事執筆に先立つこと1年前、筆者はセイコーファイブのSNKE51J1を購入した。
入手先はインターネット上のショップで、9,700円だった。セイコーファイブの実機を手に取るのは初めてではないが、あらためて価格の割にしっかりと製造されていることに驚かされる。
ラウンドケース、バーインデックス、センターセコンドの3針時計、3時位置に日付と曜日表示窓……、非常にオーソドックスなデザインで、特徴らしい特徴は見当たらない。
しいて挙げれば、通常は3時位置にあるりゅうずが4時位置にセットされていることと、全体的な佇まいが「今風」ではないということくらいだろうか。
スマートでお洒落な腕時計ではないかも知れないが、武骨で実直で、懐かしくて安心感がある。
ケース径は約37.5ミリ、厚さは約11ミリ。最近の腕時計だったら、もう一回り大きくなっただろう。
しかしこのコンパクトなサイズのおかげで、すこぶるシャツの袖への収まりがいい。
ベゼルも昨今のトレンドを反映すれば、もう少し細身になったはずだ。
だがスポーツウォッチであることを考慮すれば、これはこれで悪くない。
ポリッシュ仕上げなので、重たい印象を与えないのもポイントだ。
風防はセイコー独自のハードレックスガラスで、一般のミネラルガラスよりも硬度が高い。
高級時計に使用される、無反射コーティングされたサファイアクリスタルガラスは、光の角度によってキラキラとさまざまな表情を見せるが、それに比べるとややのっぺりしている。とはいえ視認性は良好だ。
文字盤はサンレイ仕上げの落ち着いたネイビーブルー。ビジネスシーンにぴったりだ。
だが強い光を当てると、たちまちロイヤルブルーに変化する。オフの日にビーチやリゾート地に連れていく気まま相棒にもなりそうだ。
針はトルクが強い機械式時計らしく、太めのペンシル針が採用されている。夜光塗料が施されており、暗所でも時間の読み取りが容易だ。
分針は外周の目盛に1ミリほど届いていないのが惜しまれるが、視認性や美観を損ねてはいない。
インデックスはステンレススティール製のバーインデックスで、目立たないが先端に夜光塗料が塗られている。
パテック・フィリップのカラトラバやグランドセイコーのような立体感のあるカットではないものの、どの角度から眺めても時間の確認に不便さは感じなかった。
ただし3:15/15:15前後は3時位置のデイデイト表示と重なるため時刻、日付、曜日の読み取りにやや支障をきたす。
以上、いくつか欠点も指摘したが、些末な疵だ。むしろこれほどまで「お値段以上」な商品は、ニトリでも見当たらないのではあるまいか?
第三章 ブレスレットのクリアランスが大きい
しかしブレスレットに関しては「価格相応」の評価に止まりそうな気配を見せている。
ブレスは無垢のステンレススティールではなく、板バネの巻きブレスのため、ケースに比べると重量感に欠ける。
着脱時や時計を軽く振る際にシャラシャラとした安っぽい音を立てる。
シャラシャラとした音がするのはブレスが軽いからというよりは、駒のクリアランスの大きさが原因だ。
クリアランスとは部品同士の間隔の意味で、伝統的なスイス高級機械式時計の世界では、これが狭ければ狭いほどよいとされる。
腕時計においてクリアランスは時針と分針と秒針、針と文字盤、文字盤とデイデイト表示ディスク、ムーヴメントのパーツ針、そしてブレスレットの駒のに発生する。
これらクリアランスが大きくなればなるほど、時計は重くなり、分厚くなり、パーツ同士に隙間が生じることになる。
セイコーファイブのブレスがシャラシャラと音を立てたり、左右にたわんでしまうのもこのせいである。
このクリアランスを小さくするのは容易なことではない。個々の部品の設計や強度、取り付けなど、極めて高い工作技術がないと、クリアランスを詰めたところで、お互いに干渉し合ってすぐに壊れてしまう。
いくらパーツの磨きやエッジの立て方の完成度が高くても、クリアランスを抑えなければ伝統的スイスのマニュファクチュールの薄型ドレスウォッチには見劣りしてしまうだろう。
個人的にはグランドセイコーの今後の課題はこのクリアランス問題だと確信している(ただし毎年少しずつ改善されていることも指摘しておこう)。
換言すればクリアランスとは安全マージンである。日常生活ではときにタフでヘヴィな局面に耐えうることが要求される。
そんな場面では、扱いにかなりの神経が要求されるスイス製の薄型ドレスウォッチよりも、クリアランスの大きいスポーツウォッチが圧倒的優位に立つ。
セイコーファイブのブレスレットは、パッと見はサテン仕上げの疑似三連仕様で、中央のコマにだけポリッシュ仕上げのラインが入っており、ケースとアンバランスな印象は受けない。
実際に装着してみると、すこぶる快適なのにも驚かされる。重たいケースと軽いブレスなので、本来は相性が悪いはずなのだが……。
秘密はケース幅に対して太めのブレスレット、大きめのバックルとエクステンションを採用している点にありそうだ。
実用腕時計専業メーカーならではの知見がいかんなく発揮されていると言えるだろう。
適切な駒数に調整すれば、腕の上で不安定に揺れる心配はないはずだ。
第三章 7S26で「手巻きしない習慣」を身につけよう!
最後にムーヴメントに触れておく。現行の輸入盤セイコーファイブに内臓されているのはCal.7S26だ。
セイコーの自動巻きムーヴメントでは最もベーシックなキャリバーである。
公称数値は21,600振動、日差+45秒~−35秒、パワーリザーヴは約40時間。センターセコンドとデイ・デイト機能を持つ。
個体にもよるのだろうが、自分自身の所有しているファイブはこの数値を若干下回った。巻き上げ不足のためか、夜、腕から外して、翌朝に確認したらもう止まっていた、ということもたびたびあった。
そのため一時期はほぼ毎日着用していたが、日差はおよそ−60秒程度の遅れをキープ、毎日の時刻修正を余儀なくされた。
こんな時のために、自動巻き腕時計には手巻き機構がついている。しかしCal.7S26にはそれがない。
そのため着用前に左右に軽く振ったりする必要がある。
1960年代から70年代のセイコーの自動巻きは、厚さを抑え、設計を簡略化し、大量生産を可能にするため、あえてこの手巻き機構を取り外していた。
今日のセイコーのカタログでも「自動巻き(手巻き機能つき)という不思議なスペック表記が見られるが、これはその名残である。
Cal.7S26はオールドムーヴメントではないが、1968年に開発された70系をベースに、その「簡略化」と「大量生産」の設計思想をさらに推し進めたものだ。
なお、2019年にリローンチされたセイコーファイブスポーツには手巻き機能とハック機能を付加したCal.4R36が搭載されている。
はっきり言って便利なのは断然こちらだ。スポーティーでモダンで、ややクセのある文字盤デザインは好みがわかれるところだが、ムーヴメントも外装のクオリティも向上しているのは間違いない。
そのぶん価格はおよそ2倍以上となったが、それでも十分「お値段以上」だ。
しかし本記事では、あえてこの不便なCal.7S26を搭載した輸入盤セイコーファイブをお勧めしたい。
腕時計愛好家にとっては半ば常識だが、自動巻きの手巻き機構を使用するのは、ムーヴメントに負荷をかけるためあまり望ましくないのである。
もちろん現代の自動巻きキャリバーは、セイコーであれ他社製であれそう簡単に壊れることはない。
だいたいどこのメーカーの取り扱い説明書にも、りゅうずを30回程度巻いてから着用する旨の注意書きが掲載されている。
しかしながら可能な限り負担をかけたくないのが腕時計愛好家の生活というものだ。摩耗したり壊れた部品のストックがいつまであるか保証していないメゾンが大半なのが現状である。
よくセイコーファイブは「機械式時計入門に最適な一本」だと言われる。一般的にそれは安くてオーソドックスな腕時計だからだと思われている。
しかしそれ以上に重要なのは、手巻き機構に頼らないで自動巻き時計を扱うための習慣づけにCal.7S26が最適だからなのではないだろうか。
手巻き機構が撤廃されているため、輸入盤セイコーファイブのりゅうずのサイズは小さい。
しかし、時刻や日付、曜日の修正を行うだけなので不便はないし、操作の感触も決して悪くはない。
りゅうずを回した際に動く分針の幅もおよそ10分~15分ぶんに設定しているようで、ムーヴメントに衝撃を与えないための配慮が徹底している。
最後に、現行の輸入盤セイコーファイブはシースルーバックでCal.7S26の動きを覗くことができる点を付け加えておこう。
お世辞にも審美性に富んだムーヴメントとは言い難い。そもそもシースルーバックが採用されたのは、機械を「魅せるため」ではなく贋作を防止のためという、極めて実用的な理由に基づいているのだ。
とはいえ見どころが全くないわけではない。1959年にセイコーが開発し、ジャイロマーベルに搭載したマジックレバーを、グラスバック越しに確認することができるのは嬉しい仕様だ。
マジックレバーとは、切り替えに歯車を使わず、二股形状のレバーによる動作でローターからの力を整理し、香箱に伝える力を制御するパーツである。
シンプルな構造で部品も少なく故障しにくいのが最大のメリットと言えよう。
まとめ セイコー5のおすすめモデル
最後までお読み頂いた読者のために、Cal.7S26を搭載した輸入盤セイコーファイブで、現在インターネットショップなどで比較的容易に購入可能できるお勧めのモデルを何点か紹介しながら、この記事を終わらせたい。
まず、ビジネスにもきれいめのカジュアルにもぴったりなデザインをお探しの方は、筆者が購入したSNKE51J1のほか、SNKL45J1(黒文字盤)、SNKL43J1(青文字盤)、SNKL41J(白文字盤)のシリーズはいかがだろうか?
いずれもバーインデックスに夜光塗料が施されたドーフィーヌ針を合わせた、「これぞザ・セイコー」なデザインコードが魅力だ。
とりわけSNKL45J1は赤い秒針が黒文字盤によく映え、人気の高い一本となっている。
白文字盤のSNKL41Jは、ブレスレットをクロコ調のレザーストラップに付け替えれば、フォーマルな場面にも合わせられるだろう。
よりスポーティーなデザインがお好みだったら、SNXS79J1(黒文字盤)、SNXS77J1(青文字盤)、SNXS75J(グレー文字盤)、SNXS73J1(白文字盤)あたりをお勧めしたい。
レトロなクッションケースにロレックスのオイスターパーペチュアル277200風の針とインデックスを採用しており、さながらファイブ版ラグスポといった佇まいを見せている。視認性もかなりよさそうだ。
すでにオーソドックスな腕時計をお持ちの方であれば、思い切って大胆な色使いのモデルを選んでみるのも一興である。
例えばクルマやバイクのメーターを彷彿させるデザインのSNK371J1。
鮮やかなブルーにイエローという組み合わせは、高級時計ではなかなか手が出しにくいが、セイコーファイブならば比較的気軽にトライできそう。
余談だが、ロシアがウクライナに宣戦布告した2022年2月、とあるヨーロッパのニュース番組を観ていたところ、一瞬ではあったが、男性アナウンサーがおそらくこのSNK371J1を左腕に着用しているのが目に留まった。
メッセージTシャツならぬメッセージ腕時計というわけだ。
ちなみに末尾のJ1は「日本製」を意味する。K1はシンガポールまたは中国製(「海外」のkか?)。
性能やクオリティに差はないが、J1モデルは文字盤7時位置にMade In Japan、バックルにもJAPANの刻印があるため、人気が高い。
現行品の曜日の表記は英語+スペイン語あるいは英語+アラビア語に2種類があるようだ。購入店に確認されたい。
これ以外にもアンティークやMOD(セイコーファイブをベースにしたオリジナルカスタムウォッチ)などにも視野を広げれば、選択の幅は無限に広がる。
この記事があなたに相応しいセイコーファイブを見つけるための一助になれば幸いである。